
暗号資産の10年は無駄だったのか? ビットコイン急騰の裏でBitMEX閉鎖、それでも「勝った」と言える理由
ビットコインは8月に26%上昇し、イーサリアムも34%高。市場には久々に熱気が戻った。だが、その陰では老舗取引所BitMEXが11年の歴史に幕を下ろし、業界では人員削減や事業撤退が相次ぐ。国家に依存しない「自由な通貨」という夢は実現したのか。それとも、暗号資産は別の形で世界を変えてしまったのか。

ここ数カ月、暗号資産業界のセンチメントは、マリアナ海溝の深海魚よりも深く沈み込んでいた。
マイナーはAI事業へ白旗を上げるように転身し、コールドウォレットすら攻撃される。そしてリンクトインを開けば、失職した暗号資産ジャーナリストが「新たな機会を探しています」と投稿している――そんな光景にも、もはや驚かなくなった。
国家による全面禁止、取引所の破綻、何年にも及ぶ規制当局との攻防。そんな修羅場をくぐり抜けてきた業界でさえ、ここまで士気が落ち込んだことは珍しい。
ビジネスモデルは崩れ、人々の関心も薄れていく。
長年、暗号資産を信じてきた人々の中からは、とうとうこんな疑問まで聞こえてくるようになった。
「俺たちは、絵空事のために人生の10年を無駄にしたんじゃないか?」

Source: Ash Crypto
――もっとも、価格が上がるまでの話だ。
ビットコインは8月、26%上昇。ここ数年で最高の8月となった。イーサリアムも34%値を上げた。
それどころか、ドナルド・トランプ米大統領までホワイトハウスで、分散型の海外無期限先物取引所を称賛した。
暗号資産が、ようやくまた面白くなってきた。
しかし、短期的に価格が上がったからといって、かつて描いた夢がすべて実現したわけではない。
国家や中央集権的な組織の支配を受けない、「国家にクソくらえと言える主権的マネー」を何年も訴えてきた人間からすれば、金融機関に保管を任せるカストディ型ETFは、権力に中指を立てるビットコインの姿とは少々違う。
さらに「俺たちは勝った」と祝杯をあげるには、もう一つ厄介な問題がある。
暗号資産の土台を築いた企業の多くが、今回の上昇相場を味わう前に消えつつあるのだ。
その象徴がBitMEXだ。
業界最古参のビットコイン先物取引所の一つであり、無期限スワップや、いわゆる“デジェン”向けの100倍レバレッジを世に広めたBitMEXは、11年間の歴史を経て9月に事業を終了する。
BitMEX元CEOのステファン・ルッツ氏はMagazineの取材に対し、BitMEXはある意味で「自らの成功の犠牲になった」と語った。
「まともな暗号資産取引所なら、どこも無期限スワップを使っています。まともな取引所なら、ロングとショートを結びつけるため、BitMEX創業者たちが発明したファンディングの仕組みを使っている」
「この仕組み自体がなくなることはありません。ただ、もう差別化要因ではなくなったんです」
では、もしかすると暗号資産は「負けた」のではない。
ただ、我々が想像していたのとは違う形で「勝ってしまった」のではないか。
暗号資産は、本当に無駄だったのか
ルッツ氏は、暗号資産が今後、跡形もなく消えることはもはやあり得ないと考えている。
なぜなら、その技術が伝統的金融の内部にあまりにも深く入り込み、今さら引き剥がすことが難しくなっているからだ。
「私から見れば、我々はすでに後戻りできない地点を越えています」
ムーンショット・キャピタル創業者のウトカルシュ・アフジャ氏も、「暗号資産支持者たちが人生を無駄にしたわけではない」と話す。
決済網、清算、トークン化――。
暗号資産が金融のインフラそのものに与えた影響は、すでに無視できない。
特にステーブルコインについて同氏は、金融の決済インフラに組み込まれることで「非常に、非常に長期的な影響」を残す可能性があると指摘する。
そしてトークン化については、
「文字通り、何だってトークン化できます」
と語る。
アフジャ氏はさらに、暗号資産技術がエネルギー、医療、AIなどへ波及している点を挙げる。
つまり、暗号資産を生んだ業界の外側で、すでに技術そのものが広く使われ始めているのだ。
分散型金融(DeFi)も同じだ。
もはや単なる実験というより、インフラに近づきつつある。
サブスクイッド・ラボCEOのワンジャ・オーバーホフ氏はMagazineにこう語る。
「DeFiは、運営者の言葉を信用する必要のない、初めての金融システムを作りました。台帳を自分自身で、しかもリアルタイムで、一つ一つの取引まで確認できます」
従来なら数日かかっていた決済が数分で完了し、市場は24時間365日動く。
レンディングプロトコルでは、数十億ドル規模の取引であっても透明性を保ったまま処理できる。
「銀行のコンソーシアムで、こんなものを作り上げた例はありません。DeFiは仲介者を取り除き、市場だけを残したのです」
もっとも、オーバーホフ氏もDeFiが完璧だったとは考えていない。
業界は「実現までの時間について約束しすぎ、ユーザー体験については期待以下だった」と認める。
本当の勝利が訪れるのは、ブロックチェーン技術そのものが「ユーザーが意識することなく使う製品の中へ消えていった時」だという。
実際、機関投資家によるブロックチェーン導入は猛烈な勢いで進んでいる。
トークン化ファンド、ステーブルコイン、ブロックチェーンを使った決済。
かつては暗号資産カンファレンスの廊下で語られる夢物語だったものが、いまや現実の金融商品になった。
ただし、暗号資産が既存金融を「置き換えている」のかと言えば、どうも違う。
むしろ既存金融の中へ、吸収されつつある。
皮肉なことに、暗号資産業界が成功すればするほど、かつてのような刺激は失われていく。
伝統的金融(TradFi)が入り込めば入り込むほど、暗号資産は退屈になる。
2017年12月、ロング・アイランド・アイスド・ティー・コーポレーションが突然「ロング・ブロックチェーン・コーポレーション」へ社名を変更しただけで株価が500%急騰した、あの狂乱の日々と比べればなおさらだ。
ちなみに同社株はそのわずか2カ月後、市場をミスリードしたとして上場廃止になっている。
8月22日にはイーサリアムに、いわゆる「神のローソク足」が出現した。

Ether printed a God candle on Aug. 22. Source: Lark Davis
規制もまた、暗号資産を「まともな金融商品」にすると同時に、退屈なものへ変えた。
欧州連合(EU)は暗号資産市場規制(MiCA)を導入した。
米国も、暗号資産を単なる「規制上の頭痛の種」として扱う段階から、制度そのものを整備する段階へと移った。
いつの日か、米上院がCLARITY法案を可決する日すら来るかもしれない。
では、その途中で我々は何を失ったのか。
暗号資産業界が約束していたものの中には、実現しなかったものが山ほどある。
デンタコインは歯科業界に革命を起こせなかった。
ビットコインは世界中の戦争を止めなかった。
イーサリアムも、少なくとも今のところ、世界金融の標準的な基盤にはなっていない。
アフジャ氏は言う。
「十分なものを実現したか? 私はまだだと思います。しかし、我々の認識を完全に変えたか? それは間違いなく変えました」
そして、暗号資産を使う人間そのものも変わった。
もはやリバタリアンのサイファーパンクや、クリプト・ツイッターでカエルのミームを振り回す一握りの集団だけの趣味ではない。
ピュー・リサーチ・センターによると、米国成人のおよそ5人に1人、19%が、これまでに暗号資産への投資、取引、利用を経験したと回答している。
ところが、利用者が増えたからといって、暗号資産が使いやすくなったわけではない。
むしろ資産やプラットフォームが爆発的に増えた結果、市場は以前より複雑になった。
ユーザーは複数のネットワーク、ウォレット、取引所、ブリッジ、法定通貨との交換手段を使い分けなければならない。
本来なら摩擦をなくすはずだった暗号資産が、逆に新たな摩擦を大量に作り出してしまった。
米国人の5人に1人が暗号資産を利用した経験を持つ。

One in five Americans has used crypto. Source: Pew Research Center
アフジャ氏は、もう一つの皮肉を指摘する。
「国境をなくす」ために設計されたはずの資産が、各国の規制制度によって形作られるようになり、国境を越えて自由に利用することが以前より難しくなっているというのだ。
Magazineが話を聞いたドバイ在住のある暗号資産ユーザーは、毎月の給与を大手中央集権型暗号資産取引所で受け取っている。
しかし、USDTを現地通貨へ交換する際に目減りし、そのうえ出金するだけで一律75UAEディルハム、約20ドル(約3200円)の手数料を取られるという。
彼はこう漏らした。
「普通に銀行振込で給料をもらえたらいいのに」
そして、暗号資産が掲げた最も基本的な約束が残っている。
セルフカストディだ。
だが、ここにも業界最大級の矛盾がある。
ビットコインの価値が高まれば高まるほど、自分自身で秘密鍵を持つことの危険性も高まっている。
レンチで殴られて秘密鍵を奪われるかもしれない。
あるいはAIエージェントにコールドウォレットを攻略されるかもしれない。
暗号資産がかつて約束した「未来」を十分に実現できなかったからこそ、弱気相場の中で相次ぐ事業停止や企業閉鎖が、これまで以上に重く感じられているのかもしれない。
業界では今、人員削減が相次いでいる。
あの凄惨だった2022年の弱気相場を生き延びたプロジェクトでさえ、今年になって事業を停止している。
あるいは資金とユーザーがAIへ流れる中、生き残りをかけて事業そのものを作り変えざるを得なくなった。
AIは暗号資産よりはるかに新しい。
にもかかわらず、その普及速度は暗号資産業界が夢に見るほど速い。
それでもルッツ氏は、BitMEXの結末を「暗号資産技術の失敗」だとは考えていない。
むしろ正反対だ。
技術があまりにうまく機能したため、全員がコピーした。
その結果、業界の競争は「誰が新しいインフラを発明するか」という競争から、「誰が市場シェアを奪うか」という凄惨な殴り合いへ変わったという。
「いまの差別化要因は、競争の中でどれだけ攻撃的に戦えるかです。以前とはまったく違うゲームになりました。うまく戦える会社もあれば、そうでない会社もあります」
考えてみれば、暗号資産という世界を作った企業やプロジェクトが、その普及によって最も利益を得る存在になるとは限らなかったのかもしれない。
では、結局のところ、我々は人生を無駄にしたのか。
純粋主義者たちは、国家から完全に独立した主権的マネーを手にできなかったかもしれない。
初期の暗号資産企業の多くは、生き残れなかった。
普通のユーザーはいまだに「そろそろ楽をさせてくれ」と思っている。
それでも技術は残った。
そのインフラは、少しずつ世界の金融を走らせる「レール」になりつつある。
そして何より、1日で20%動くローソク足を眺めるのは、やっぱり楽しい。
暗号資産の世界では昔から、一つだけ変わらないことがある。
価格が上がり始めた瞬間、物語は驚くほどの速さで書き換えられる。
そして人々は再び、「なぜこの価格上昇が永遠に続くのか」を説明し始めるのだ。

