
「政府が国民を監視する口実にしてはならない」SEC委員が暗号資産の“匿名技術”を擁護したワケ
規制当局の暗号資産タスクフォースのリーダーは、プライバシー強化技術は投資家保護を強化できるとし、規制当局に対し、これらの技術を疑いの目で見るべきではないと訴えた。

米証券取引委員会(SEC)のヘスター・ピアース委員が、暗号資産をめぐる規制当局の姿勢に一石を投じた。
「金融プライバシーの価値が、米国の規制の中でますます軽んじられている」
ピアース氏は5月27日、ジョージタウン大学ローセンターでの講演でこう警鐘を鳴らした。
同氏はSEC内で暗号資産タスクフォースを率いる人物だ。暗号資産業界寄りの発言で知られ、米メディアでは“クリプト・マム”とも呼ばれてきた。今回の講演でピアース氏が強調したのは、暗号技術やプライバシー保護技術を、犯罪者の道具として一括りにすべきではないという点だった。
「悪者を捕まえること」と「国民の生活を守ること」は両立する
ピアース氏は、金融プライバシーの保護は国家安全保障と矛盾しないと訴えた。
「政府が悪者を特定し、追跡し、処罰できるようにすることは、国家と国民の安全にとって重要だ。しかし、人々が自分の生活に関する情報、金融生活に関する情報を守れるようにすることも、同じく重要だ」
SECが公表した講演録によれば、ピアース氏はこのように述べている。
そのうえで、プライバシー技術は、ハッカーや詐欺師、悪意ある第三者から個人を守るための手段にもなると指摘した。つまり、問題は「匿名性そのもの」ではない。むしろ問題なのは、それを見た規制当局が、反射的に「怪しい」「犯罪に使われる」と決めつけることだ、というわけだ。
そしてピアース氏は、政府がこうした技術を「市民の行動をより広く監視する機会」として扱うべきではないと釘を刺した。

Source: zooko
KYCやAMLにも使える可能性
興味深いのは、ピアース氏がプライバシー技術を単なる“規制逃れ”としてではなく、規制対応を助ける技術としても見ている点だ。
同氏は、プライバシー強化技術を開発する事業者に対し、SECの暗号資産タスクフォースと対話するよう呼びかけた。特に、本人確認(KYC)やマネーロンダリング対策(AML)に役立つ技術について、規制当局との協議を促した。
暗号資産業界にとって、これは重要なメッセージだ。規制当局に敵視されがちなプライバシー技術も、設計次第では「犯罪の温床」ではなく「投資家保護の強化策」になり得る、という考え方だからだ。
モネロ、ジーキャッシュ……再び注目される“隠す技術”
暗号資産において、プライバシーは古くから重要なテーマだった。
モネロやジーキャッシュのような暗号資産は、取引データや利用者の身元を秘匿することを大きな特徴としている。支持者は、こうした仕組みが監視社会化やハッキング、個人データの悪用から利用者を守ると主張する。
一方で、規制当局や批判派は、匿名性の高い暗号資産が不正送金や資金洗浄に使われるリスクを問題視してきた。
この対立は、ここ1年で再び表面化している。暗号資産業界がプライバシー保護の重要性を訴える一方で、各国当局はAML規制の強化を進めているためだ。
EUでは2027年から匿名口座を禁止へ
欧州連合(EU)でも、プライバシー型暗号資産をめぐる議論は加速している。
2027年に施行予定の新たなAML規則では、銀行などの信用機関や暗号資産サービス事業者に対し、匿名口座の維持や、プライバシー保護型の暗号資産の取り扱いを禁じる方向で制度設計が進められている。
欧州暗号資産イニシアチブの法律コンサルタント、アニャ・ブラジ氏は、プライバシー重視のデジタル資産へのアクセスを維持することは、暗号資産業界と規制当局の間の「絶え間ない攻防」だと語っている。

Growing interest in privacy-focused cryptocurrencies has helped drive Zcash prices sharply higher over the past year. Source: CoinMarketCap
企業向けにも広がるプライバシー需要
もっとも、プライバシー技術への需要は個人利用にとどまらない。
企業にとっても、オンチェーン取引の内容がすべて外部から見えてしまうことは大きな問題だ。財務資金の移動、支払いフロー、取引戦略が競合他社に知られれば、ビジネス上のリスクになり得る。
こうした需要を背景に、Aptosは企業がオンチェーンで取引する際、財務の動きや決済の流れを外部に見せずに済むプライバシー重視のコインを発表した。Polygonも、機関投資家向けに非公開のステーブルコイン決済機能を導入している。
つまり、プライバシー技術は、もはや一部の匿名志向の利用者だけのものではない。企業がブロックチェーンを本格的に使ううえでも、避けて通れない論点になりつつある。
「監視」か「保護」か
ピアース氏の発言が示しているのは、暗号資産規制をめぐる根本的な問いだ。
プライバシー技術は、犯罪者を隠す危険な道具なのか。
それとも、市民や企業を守るための正当な金融インフラなのか。
規制当局が前者の視点だけで動けば、技術開発は萎縮する。一方で、後者だけを強調すれば、不正利用への懸念は残る。
だからこそピアース氏は、開発者に対してSECとの対話を呼びかけたのだろう。暗号資産のプライバシーをめぐる攻防は、単なる技術論ではない。国家による監視、投資家保護、企業の競争戦略、そして個人の自由が交差する、極めて政治的なテーマになっている。

