ロシアを国際金融から締め出すー。
欧米はこの3年、そう考えて制裁網を広げてきた。
ロシアの銀行をSWIFTから外し、外貨準備を凍結し、ドル決済へのアクセスを断つ。狙いは明確だった。ウクライナ侵攻を続けるロシアの資金繰りを締め上げることだ。
だが、英国当局は今、別の現実に直面している。ロシア側はその間に、銀行を通らない決済網を作っていた可能性がある。暗号資産を使った、制裁に強い金融レールだ。
英国外務・英連邦・開発省は5月26日、ロシアの制裁逃れに関与したとして、18の個人・団体に制裁を科した。対象には、暗号資産取引所HTXの関連法人や、キルギスに関係するステーブルコイン発行体が含まれる。今回の特徴は、英国が暗号資産取引所に対し、制裁対象銀行に使うのと同じ水準の法的措置を適用した点だ。
つまり英国は、暗号資産ネットワークを「銀行のような金融インフラ」と見なし始めた。
中心にあるのが「A7」と呼ばれるネットワークだ。英国政府は、A7がロシア政府と結びつき、西側制裁を迂回し、軍需品調達やロシア産原油の収入処理に使われたとみている。A7は2024年10月に設立され、所有構造はロシア政府とつながるとされる。大株主は、モルドバの銀行から10億ドル、約1600億円を盗んだ事件で有罪判決を受けたイラン・ショル氏。少数株主には、ロシア国有銀行プロムスビャズバンクがいる。同銀行は、ロシア軍需産業への資金供給を理由に2022年に制裁対象となった。
金額が大きい。
英国政府によると、A7は2025年だけで900億ドル超を動かしたと主張していた。1ドル=160円換算で約14兆4000億円だ。これはロシアの年間軍事支出の半分に近い規模だという。ブロックチェーン分析会社チェイナリシスも、A7の決済レールとして使われるルーブル建てステーブルコイン「A7A5」について、1年未満で933億ドル、約14兆9280億円の取引を処理したと指摘している。
A7A5は、いわばロシア版USDTだ。
USDTは米ドルに連動するステーブルコインで、国境を越えて素早く送金できる。ロシア企業は2022年以降、銀行送金が難しくなる中でUSDTを国際決済に使ってきた。だが、米当局が2025年3月に制裁対象取引所ガランテックス関連のUSDTを押収し、テザー社が関連ウォレットを凍結したことで、弱点が露呈した。中央管理されたステーブルコインは、発行体に止められる。
そこで出てきたのがA7A5だ。
A7A5は、キルギスのオールド・ベクター社が発行し、プロムスビャズバンクに置かれたルーブル預金を裏付けにしているとされる。ドルではなくルーブル建てで、ロシア側の金融圏に近い。USDTの便利さを持ちながら、米国やテザー社の凍結圧力を受けにくくする設計だ。
ガランテックス閉鎖後、顧客資金は後継取引所とされるグリネックスに移り、その橋渡しにA7A5が使われたという。銀行を通らず、制裁対象企業同士が国境を越えて決済する。これが英国の警戒する構図だ。
暗号資産による制裁逃れは急増している。
チェイナリシスの2026年暗号資産犯罪レポートによると、暗号資産を使った制裁逃れは2025年に694%増え、制裁対象主体が受け取ったデジタル資産は約1040億ドル、約16兆6400億円に達した。違法な暗号資産取引額の84%はステーブルコインが占めたという。
これは、ステーブルコインの光と影をそのまま映している。
企業や個人にとって、ステーブルコインは安く速い国際送金手段だ。銀行口座がなくても、国境を越えて価値を移せる。だが同じ仕組みは、制裁対象国や犯罪組織にとっても便利だ。送金が速く、仲介銀行を通らず、複数の国をまたいで動かせる。
ロシアはさらに、安い電力を使ってビットコイン採掘でも存在感を持つ。記事によると、世界のビットコイン採掘能力の約16%をロシアが占めている。採掘で新しく得たビットコインは、制裁対象ウォレットとの直接的な履歴を持たない。これも金融的な逃げ道になり得る。
欧州連合もすでに動いている。2026年4月の第20次対ロシア制裁パッケージで、A7A5や関連サービスを対象にした。英国の今回の措置は、その流れをさらに進め、暗号資産取引所にも銀行並みの制裁ルールをかけるものだ。
問題は、規制が追いつくかだ。
制裁はロシア経済に打撃を与えた。英国政府は、2022年以降の制裁でロシア経済から4500億ドル超、約72兆円を奪ったとしている。これは戦費2年分に相当する規模だ。一方で、ロシア経済省は2026年成長率見通しを1.3%から0.4%へ引き下げている。
だが同時に、制裁はロシアに別の金融網を作らせた。
銀行を止めれば、暗号資産に向かう。
USDTを止めれば、ルーブル建てステーブルコインを作る。
取引所を止めれば、後継取引所に移る。
欧米の制裁は、ロシアを苦しめている。だが皮肉にも、制裁に耐える新しい決済インフラの建設も加速させている。
暗号資産は、金融包摂の道具にもなる。
だが、制裁逃れの道具にもなる。
英国が今回示したのは、暗号資産取引所をもはや周辺的な存在とは見ていないということだ。銀行と同じように資金を動かすなら、銀行と同じように止める。そういう段階に入った。
ロシア制裁の戦場は、銀行口座からブロックチェーンへ移りつつある。

