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Christina CombenライターAndrew Fenton監修編集者

「10億ドル入っている」はずの暗号資産ウォレット、開けてみたら残高10ドル 復旧業者が見た“消えたビットコイン”の現実

Magazine公開日2026年9月4日

暗号資産を失っても、すぐに諦める必要はない。パスワードやシードフレーズの一部が残っていれば、復旧できる可能性はある。しかし、本当に秘密鍵を失えば、誰にも取り戻せない。復旧の現場では、巨額資産の夢と詐欺の影が紙一重で交錯している。

2021年、暗号資産復旧の専門家クリス・ブルックスのもとに、ラスティと名乗る男から連絡が入った。

ラスティは、自分と仲間2人が裁判で5000BTCを手に入れたと説明した。価値は当時で約5300万ドル。1ドル=約156円で計算すれば、約82億7000万円に相当する。

ただ事ではない。すぐにズーム会議が設定された。

「通話には3人の男がいました。そのうち1人がスマートフォンを掲げたんです。そこには約5300万ドル相当のビットコインアドレスが表示されていました」

そう振り返るのは、CryptoAssetRecovery.comの創業者兼CEOであるクリス・ブルックスだ。

男たちは、週に30万ドル、約4680万円分なら引き出せると話した。しかし彼らが求めていたのは、少しずつの出金ではない。ウォレットの中身をすべて取り出すことだった。

「ジョージア州まで来て、ウォレットを復旧してくれれば、あなたたちを億万長者にする」

そう持ちかけられたブルックスは、息子のチャーリーとともに航空券を購入した。翌日には現地へ向かった。

ところが、話はそこで終わらなかった。

昼食の席で、身長6フィート3インチ、元陸軍兵士だというラスティが、さらに驚くべきことを明かした。ウォレットに入っているのは5000BTCだけではないという。

「ラスティがスマホを取り出して、10億ドル分のETHを見せてきたんです。その瞬間、これは何かがおかしいと思いました」

10億ドル。日本円にして約1560億円である。

昼食後、男たちはブルックス親子を車で1時間ほど離れた場所へ連れていった。着いたのは、仲間の1人が所有するというストリップモールだった。

奥の事務所に通されると、そこには何冊ものノートがあった。ページには、リカバリーシードがびっしりと書き込まれている。

ブルックス親子は、その日ずっとウォレットを開け続けた。

だが、見つかったのは約10ドル分のビットコインだけだった。日本円にして約1560円である。

ラスティたちが本当に過去にBTCやETHを保有していたのか。それとも、最初から存在しない資産を信じ込んでいただけなのか。ブルックスには最後まで確認できなかった。

航空券代も返ってこなかった。

ブルックスは現在、ラスティ自身が詐欺の被害者だった可能性が高いと見ている。つまり、彼は「自分は巨額の暗号資産を持っている」と信じ込まされていたのだ。

暗号資産そのものが失われることもある。ウォレットが失われることもある。パスワードを忘れることもある。そして時には、そもそも資産など最初から存在しなかった、ということもある。

では、暗号資産を失った場合、本当に取り戻せるのか。

「失った暗号資産」は戻るのか

答えは、場合による。

ウォレット復旧業者が行っているのは、ブロックチェーン上からビットコインを取り戻すことではない。彼らが復旧するのは、すでに存在するウォレットへアクセスするために必要な情報だ。

たとえば、ハードウェアウォレットを捨ててしまった。パスワードを忘れた。シードフレーズの一部がわからない。

こうした場合でも、暗号資産そのものが消えたとは限らない。

復旧企業リウォレットの共同創業者兼CTOであるブルーノ・クラウスはこう語る。

「いくつかの単語が欠けているだけなら、復元できることはよくあります」

ビットコインのBIP39シードフレーズ標準では、2048語の単語リストが使われている。シードフレーズの大部分を覚えていれば、残りの単語を体系的に探せる場合がある。欠けている情報が少なければ少ないほど、復旧の可能性は高くなる。

パスワードも同じだ。

Bitcoin’s BIP39 standard uses a list of 2,048 words. Source: GitHub

クラウスによれば、リウォレットはかつて、約300万ドル、約4億6800万円相当の資産を守っていた20文字のパスワードを復旧したことがある。このケースでは、欠陥のあるパスワード生成ツールを解析することで突破口を見つけた。

ただし、復旧は必ずしも高度な技術だけで決まるわけではない。

重要になるのは、その人がどんな考え方でパスワードを作ったのかを理解することだ。好きな食べ物、よく行く場所、子どもの名前、誕生日、人生の節目、何気ない記憶。復旧業者は、そうした情報を丁寧に聞き出していく。

ある女性は、自分の子どもの名前をパスワードに使ったはずだと思い込んでいた。ところが記憶をたどるうち、実際には地元の配送業者に関係する電話番号を使っていたことを思い出した。

その日は荷物を店に届けてもらった日だった。ふと目にした電話番号を「これなら覚えられる」と思い、パスワードにしたのだ。

本人すら忘れていた記憶が、ウォレットを開ける鍵になることもある。

厄介なのは「パスフレーズ」だ

復旧をさらに難しくするものがある。パスフレーズだ。

パスフレーズとは、シードフレーズに追加して設定するもう一つの情報である。ウォレットのセキュリティを高めるために使われるが、忘れてしまうと厄介な問題になる。

ビットコイン教育者で、ウォレットセキュリティを研究してきたベネットはこう説明する。

「間違ったパスフレーズを入力してもエラーにはなりません。成功したように見えて、残高ゼロのウォレットが表示されるのです」

つまり、シードフレーズは正しい。入力も間違っていない。それでもパスフレーズが違えば、別の有効なウォレットが開いてしまう。ユーザーから見れば、「ビットコインが消えた」ように見える。

だが実際には、正しいパスフレーズでなければ本来のウォレットにたどり着けないだけだ。

しかもパスフレーズには、BIP39のような2048語のリストもなければ、入力ミスを検出するチェックサムもない。

ベネットは言う。

「パスフレーズを忘れた場合、結局はそのパスフレーズがどれほどランダムだったかという問題になります。十分にランダムなら、復旧できないことが多いのです」

ハードウェアウォレットを壊したり、紛失したりした場合も同じだ。本体が壊れていても、バックアップのシードフレーズが残っていれば、別のデバイスで復元できる。逆に言えば、復旧に必要なのは元の端末そのものではない。秘密鍵へアクセスするための情報なのだ。

送金ミスでも助かるケースはある。たとえばBNBを誤ってイーサリアムに送ってしまった場合でも、受け取り先ウォレットを自分で管理していれば、回収できる可能性がある。

ブルックスによれば、クリプト・アセット・リカバリーはこれまで約1500人から3000件以上のウォレット解析を請け負ってきた。そのうち約63%でパスワードの突破に成功しているという。

それでも、戻らないものは戻らない

ただし、復旧には絶対的な限界がある。

ベネットはこう断言する。

「シードが本当にランダムで、それを完全に失ったなら、あなたのビットコインは失われたということです」

これはセルフカストディの根本的な仕組みでもある。

銀行であれば、本人確認をすれば口座を復旧できる。パスワードを忘れても、カスタマーサポートに連絡すれば再設定できる。しかしビットコインウォレットには、中央管理者がいない。本人確認をしてアカウントを戻してくれる窓口もない。

ハードウェアウォレットメーカー、トレザーのビットコインアナリストであるルシアン・ブルドンは、さらに厳しく言う。

ウォレットのバックアップが失われ、秘密鍵を含むウォレットにもアクセスできないなら、「どんな復旧会社にも助けられない」。

その理由は単純だ。

「もし復旧会社がそれを可能にできるなら、そのウォレットは破られるということです。そうなれば、セルフカストディそのものが根本から損なわれます」

暗号資産ウォレットの安全性は、秘密鍵を推測できないことによって成り立っている。十分にランダムに生成された秘密鍵やシードを完全に失えば、総当たりで探すことは事実上不可能だ。

最近のビットコインハードウェアウォレット「コールドカード」のケースでは、ファームウェアの不具合によって一部ウォレットのシードのランダム性が弱まり、物理的アクセスなしでも総当たり攻撃が可能になった。

Weak random number generation is not a new problem. Source: Jameson Lopp

もちろん、例外的なケースはある。

古いウォレットソフト、破損したファイル、粗雑に作られたパスワード、ハードウェアの脆弱性。こうした弱点が残っていれば、復旧の糸口になることがある。

クラウスはこう話す。

「特殊なケースでは、諦めないでください」

復旧業者を名乗る詐欺にも注意

暗号資産復旧には、もう一つ大きなリスクがある。

復旧業者そのものが詐欺師である可能性だ。

ウォレットを復旧するには、シードフレーズやバックアップなど、資産にアクセスできる情報が必要になることがある。だが、それは同時に、相手に資金を奪われる危険も意味する。

シードフレーズは、見られたあとに変更できるパスワードとは違う。必要な情報を持っている者は、そのウォレットの資金を動かせてしまう。

だから、復旧業者選びはセキュリティ上の判断そのものだ。

ブルドンはこう助言する。

「依頼するなら、必ず下調べをしてください。実績があり、実在する顧客にたどれるレビューがある会社を探すことです。前払いではなく、成功報酬型であることも確認してください。そして復旧できたらすぐに、新しいバックアップを持つ新しいウォレットへ資金を移すべきです」

突然送られてくる「あなたの資産を取り戻せます」というメッセージにも警戒が必要だ。

クラウスによれば、危険信号はいくつもある。ワッツアップへ誘導する。Gmailのような個人メールアドレスで連絡してくる。前払いを要求する。取引所で新しい口座を開かせようとする。

こうした相手は疑ったほうがいい。

復旧に成功した場合に、回収額の一定割合を報酬として受け取る業者は珍しくない。だが、作業前に金銭を要求してくる相手には注意すべきだ。

ラスティの一件から、ブルックスが学んだことはもう一つある。

暗号資産復旧は技術的な仕事に見える。だが、「自分は数百万ドル、数十億ドルを持っている」と信じている人物は、それ自体がリスクになる。

クリプト・アセット・リカバリーは、現在では顧客に直接会うために現地へ飛ぶことをやめている。対応はリモートで行い、機密性の高いウォレット情報は、自動化されたエアギャップ環境で処理している。

ブルックスによれば、同社が突破するウォレットの約71%には、100ドル未満、約1万5600円未満しか入っていない。同社は、その金額未満の資産復旧については手数料を請求していない。

暗号資産ユーザーに一つだけ伝えたいことは何か。

ブルックスはこう答える。

「リカバリーシードとは何なのか、そしてなぜ重要なのかを学んでください。それが、私たちに相談しなくて済む一番簡単な方法です」

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