
米国が「イランの暗号資産」約1600億円を押さえた ドル支配を逃れる者たちの新たな戦場
スコット・ベセント米財務長官は、米国がイランの暗号資産約10億ドル相当を押収したと述べた。これは4月下旬に公表された金額の2倍にあたる。

暗号資産は、本当に国家から自由なのか。
その問いに、米国が冷たい答えを突きつけた。
ベッセント米財務長官は、米国がイラン関連の暗号資産を累計で約10億ドル差し押さえたと明らかにした。円にすれば約1593億円である。地方銀行ひとつが揺らぐような金額だ。
舞台は、米国とイランの終わらない経済戦争である。
イランは長年、米国の制裁下に置かれてきた。ドル決済網から締め出され、銀行送金は制限され、石油収入にも厳しい監視がかかる。そこで浮上したのが、暗号資産だった。
銀行を通さずに動く。国境を越える。週末も夜中も関係ない。ビットコインやUSDTのようなステーブルコインは、制裁に苦しむ国や組織にとって、まさに金融の抜け道に見えた。
だが、米国はそこにも手を伸ばしていた。

Scott Bessent at the Reagan National Economic Forum. Source: YouTube
ベッセント氏が語ったのは、トランプ政権の対イラン圧力策「Operation Economic Fury」の成果である。直訳すれば「経済的怒り作戦」とでもいうべき名前だ。米国はイランの資金調達を断つため、銀行口座だけでなく、暗号資産ウォレットまで追っている。
日本人には少しわかりにくいが、米財務省の制裁部門は極めて強力だ。日本の財務省や金融庁というより、金融の警察と外交の武器庫を足したような存在である。制裁対象に指定されれば、米国の金融システムから事実上締め出される。ドル決済に触れる企業や金融機関は、その相手との取引を避ける。
だからイランは、ドルの外側を探す。
そして、米国はその外側にも網をかける。
4月には、米当局がイランに関連するとされる約3億4400万ドル、円換算で約548億円相当の暗号資産を凍結したと報じられていた。今回の約10億ドルという数字は、そうした措置の累計とみられる。なかでも注目されるのが、USDTである。
USDTは、米ドルと価値が連動するステーブルコインだ。価格がビットコインのように激しく動かないため、暗号資産の世界では事実上のドル紙幣のように使われている。石油、貿易、送金、資金退避。表の金融と裏の金融の境界線で、USDTは便利すぎる道具になった。
皮肉なのは、USDTが「ドルの代替」でありながら、結局はドルの影を背負っていることだ。
ステーブルコインは発行体がいる。取引所がある。ウォレットアドレスも見える。米国当局が本気になれば、関係企業に凍結を求めることもできる。国家から逃げるためのデジタル資産が、国家に追跡される。そこに暗号資産時代の矛盾がある。
イラン側も黙ってはいない。
報道によれば、イランの暗号資産取引は2025年に80億〜100億ドル、円にして約1兆2700億〜1兆5900億円規模に達したとされる。一般市民は通貨リアルの下落から資産を守るために暗号資産を使う。一方で、米国が警戒するのは、イラン革命防衛隊、IRGCの資金移動である。
IRGCは、イランの軍事・安全保障の中枢であり、米国の制裁対象だ。そのIRGCに関連するウォレットや交換業者が、暗号資産を使って資金を動かしているとの疑いがある。ワシントン・ポストは、IRGCが英国登録の暗号資産交換業者を通じ、2023年から2025年にかけて約10億ドルを動かしたとの調査を報じている。
暗号資産の世界では、よく「コードが法律だ」と言われる。
だが、現実の世界では、法律を持つのは国家である。
ブロックチェーン上では資金が動く。だが、その周辺には取引所があり、発行体があり、通信インフラがあり、銀行がある。そこを米国は押さえに行く。完全に分散化された理想郷など、国際政治の現場では簡単に成立しない。
今回の約1600億円差し押さえは、単なる暗号資産ニュースではない。
これは、ドル覇権をめぐる戦争の新章である。
米国はドルを武器にしてきた。国際決済、銀行網、制裁リスト。世界の金融システムに深く根を張るドルだからこそ、米国は遠く離れた国の資金の流れまで止められる。
その力から逃れようと、イランは暗号資産を使う。
しかし米国は、暗号資産すらも制裁の網にかける。
逃げる者と追う者。ウォレットを変え、交換業者を変え、ステーブルコインを使い、ブロックチェーン分析企業が追跡する。金融制裁は、いまや銀行の窓口ではなく、チェーン上のアドレスをめぐる攻防になった。
暗号資産は自由を約束した。
だが、国家は自由を放っておかない。
約10億ドルの差し押さえが示すのは、暗号資産が国家の外側にあるどころか、むしろ国家間の金融戦争の最前線になったという現実である。
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