
【世界初】ビットコインを量子コンピューターから守る送金に成功 スタークウェアが実証、費用は約3万円
「量子コンピューターがビットコインを丸裸にする」——そんな悪夢のシナリオに、イスラエルの開発企業スタークウェアの研究者が"実弾"で答えを出した。ビットコインの仕様を一切いじらずに、量子耐性を持つ送金をメインネット上で成功させたのだ。だが、動かした金額はわずか1250円分。そのためにかかった費用は、約3万円である。

量子コンピューターがビットコインの暗号を破る日は、本当に来るのか——。その"Xデー"に備えた実験が、ついに現実のブロックチェーン上で実行された。
イスラエルのスタークウェア(StarkWare)の研究者アビフ・レビー氏が、ビットコインのメインネット上で、量子耐性を備えた実験的な送金を実施した。同社によれば、この種の取引が成立したのは世界で初めてだという。
スタークウェアの説明では、取引が承認されたのは現地時間26日、ブロック高964,199のブロックだ。オンチェーンのデータによれば、レビー氏が考案した「クォンタム・セーフ・ビットコイン(QSB)」方式で保護された1万サトシ(約1250円)分のアウトプットが使われ、マラプールが自社の「スリップストリーム」サービス経由でこの取引を受け取ったうえで、当該ブロックを採掘している。
レビー氏の論文とコードリポジトリによると、QSBはハッシュベースのワンタイム署名と、特定の取引に承認を紐づける計算探索とを組み合わせたものだ。仮に量子コンピューターが、ビットコインの使う楕円曲線暗号を破ったとしても、署名の偽造を許さない——そういう設計になっている。
今回のテストは、4月に示されたレビー氏の提案を、机上の理論からオンチェーンの実証へと一気に押し上げた。プロトコルを変更せずとも、既存のコンセンサスルールのままで量子耐性のある支出が成立しうる。それを実地で示した格好である。
「9〜12分で秘密鍵が割り出される」——グーグルが鳴らした警鐘
そもそも、なぜ量子コンピューターがこれほど恐れられるのか。
今年3月、グーグルの研究者らは、十分な能力を備えた量子コンピューターであれば、公開鍵が可視化されてから9〜12分でビットコインの秘密鍵を導き出せる可能性があると試算した。グーグルによれば、これは攻撃者に対し、ビットコインの承認待ち時間のあいだに保留中の取引を差し替える隙を与えかねないという。
レビー氏がQSBを発表したのは、その翌月の4月だ。当時の試算では、取引を1本生成するのにGPU計算で75〜150ドル(約1万1900〜2万3900円)を要するとされた。同氏自身、これをプロトコルレベルの防御に取って代わるものではなく、あくまで"最後の手段"と位置づけている。
現実のコストは「約3万円」、しかも普通のノードは中継しない
では、実際のコストはどうだったのか。
スタークウェアの広報担当ネイサン・ジェフェイ氏はコインテレグラフの取材に対し、今回完了した取引の費用は「数百ドル台の前半」だったと明かし、150〜200ドル(約2万3900〜3万1800円)程度と見積もった。同社のリリースによれば、処理には数時間分の計算が費やされたという。
1250円分を動かすのに、3万円。この非対称ぶりが、現時点でのQSBの立ち位置を何より雄弁に物語っている。
ハードルはコストだけではない。レビー氏のリポジトリは、QSB取引をビットコイン・コアのデフォルトのリレー方針の下では"非標準"に分類している。つまり、通常のノードは承認前にこの取引を中継してくれないのだ。だからこそ、マラのスリップストリームへ直接持ち込む必要があった。
ソフトフォークは、来るのか
QSBはあくまで個々のビットコイン取引に適用される仕組みであって、ネットワーク全体の暗号をアップグレードするものではない。
「ソフトフォークは実施されるべきだし、実施されると私は信じている」
スタークウェアのエリ・ベンサソンCEOはそう述べ、プロトコルレベルの防御が整うまでのあいだ、QSBが"安全網"の役割を果たすと付け加えた。
一方、ビットコインの開発者たちは別途、BIP-360などの提案を検討している。これは「ペイ・トゥ・マークルルート」という新しいアウトプット形式を導入すると同時に、タップルートが抱える量子脆弱性を持つキーパス支出を取り除く、ソフトフォーク案だ。
量子の足音は、まだ遠い。だが、備えは始まっている。
