ビットコイン市場に、またひとつ不穏な影が差した。
先週、ブラックロックのビットコイン現物ETF「iShares Bitcoin Trust(IBIT)」で、12億6000万ドル――日本円にして約2010億円規模のブロック取引がひっそりと執行された。売り手は不明。だが、金融サービス会社NYDIGの調査責任者グレッグ・シポラロ氏は、この巨額売却について「大口投資家が、方向性取引から一気に逃げた可能性が高い」とみている。
事が起きたのは火曜日だった。
匿名のトレーダーが、ブラックロックのIBITを2920万株売却したのである。しかも舞台は、通常の取引所ではない。機関投資家が大口売買を人知れず処理するために使う私設取引システム、いわゆる「ダークプール」だった。
この一撃に、市場関係者はざわついた。
「誰が売ったのか」
「なぜ今なのか」
「これは単なるリバランスなのか、それとも何かを見越した撤退なのか」
疑念が飛び交うなか、NYDIGのシポラロ氏は金曜日のリポートで、こう指摘した。
複数の状況証拠は、同時にベーシス取引を巻き戻したというよりも、「集中したポジションを持っていた大口の方向性投資家が、そのポジションから退出した」シナリオと整合的だ、というのである。
注目すべきは、その売り方だ。
売却価格は市場価格44.17ドル、約7040円を1.01ドル、約161円も下回っていた。つまり売り手は、即座に売り抜けるために、2950万ドル、約47億円もの利益を事実上捨てた計算になる。
2000億円規模のポジションを、47億円の“手切れ金”を払ってでも即時に処分した――。
そう見れば、この取引の異様さがよくわかる。
もちろん、大口売却は市場価格を揺さぶる。だが今回は、取引後のビットコイン(BTC)の下落率は同日で2.8%にとどまった。ブルームバーグのETFアナリスト、エリック・バルチュナス氏も、これほどのブロック売却にもかかわらず、市場は比較的うまく吸収したとの見方を示していた。
それでも、問題は残る。
シポラロ氏はこう述べている。
「最大の未解決の問いは、売り手が個別の制約に対応していたのか、それともより広い投資判断を示していたのか、という点だ」
つまり、単に資金繰りや償還対応で売らざるを得なかったのか。それとも、ビットコイン市場の先行きに見切りをつけたのか。そこはまだわからない。
ただ、事実としてわかっていることがある。
少なくとも一人の洗練された投資家が、12億6000万ドル、約2010億円に上るビットコイン連動ポジションを即座に消すため、約2950万ドル、約47億円を犠牲にする判断をした、ということだ。
この売却は、孤立した出来事ではない。
Farside Investorsのデータによれば、米国上場のビットコイン現物ETFは、これで11営業日連続の資金純流出となった。IBITの巨額取引があった同日にも、ETF全体で3億3360万ドル、約532億円の資金が流出している。
さらに、複数ファンド全体で最後に純流入が確認された5月14日以降、ETFからの流出額は累計29億ドル、約4626億円を超えた。

U.S.-listed Bitcoin ETFs have recorded 11 straight trading days of net outflows. Source: Farside Investors
市場心理も冷え込んでいる。
暗号資産市場全体のセンチメントを示す「Crypto Fear & Greed Index」は月曜日、100点中29点を記録した。判定は「恐怖」。5月の平均も同じく「恐怖」だった。
シポラロ氏は、大口投資家の売却手法から「急いでいた」ことは読み取れるとする。一方で、動機については断定を避けた。
投資家からの償還に迫られた強制売却だったのか。バランスシート上の制約があったのか。あるいは、数日に分けて売ることで市場に足元を見られるリスクを嫌い、一気に片づけたのか。
「公開データだけでは、これらの説明を決定的に区別することはできない」
そう前置きしたうえで、同氏はこう結論づける。
テクニカル面の悪化、ETFから続く資金流出、そして即時執行のために巨額のコストを払う姿勢――。
これらを総合すれば、投資家の償還や単なるポートフォリオ調整というよりも、大口投資家による裁量的なポジション整理だった可能性の方が高い。
要するに、誰かが「もう十分だ」と判断し、2000億円分のビットコイン連動ポジションから、47億円を捨ててでも逃げた。
暗号資産市場の足元で、何かが静かに崩れ始めているのかもしれない。

