暗号資産で制裁を抜けるイラン、追う米国
米国とイランの攻防は、ミサイルやドローンだけではない。いま、もうひとつの戦場になっているのが暗号資産だ。
制裁で国際金融システムから締め出されたイランは、暗号資産を使って資金を動かす。米国はその流れを追跡し、ウォレットを凍結し、関連企業を制裁する。イランは別のルートを探し、米国はまた追う。まさに、ブロックチェーン上の「猫とネズミ」である。
イランの暗号資産エコシステムは昨年、77億8000万ドル超、円換算で約1兆2400億円規模に達した。単なる個人投資ではない。そこには、イラン国家やイスラム革命防衛隊の影もある。カタール国営放送アルジャジーラが伝えた。
イスラム革命防衛隊は、イランの軍事・政治・経済に強い影響力を持つ組織だ。日本人にわかりやすく言えば、単なる軍隊ではなく、国家の中に巨大な経済圏を持つ「もうひとつの権力機構」に近い。その組織が、暗号資産を使っているとみられている。
理由は明快だ。銀行送金は止められる。ドル決済も監視される。貿易も制限される。だが暗号資産なら、従来の金融網を迂回できる。石油取引、物資購入、輸入決済、資金移動。制裁下の国家にとって、暗号資産は抜け道になり得る。
米国も黙っていない。米財務省はイラン関連の暗号資産ウォレット網に制裁を科し、3億4400万ドル、円換算で約547億円相当のデジタル資産を凍結した。米国のメッセージは明確だ。
「暗号資産でも逃がさない」
だが、暗号資産を使っているのは体制側だけではない。普通のイラン市民にとっても、暗号資産は生活防衛の手段になっている。
イランの通貨リアルは2018年以降、価値の約90%を失った。激しいインフレで、給料や貯金を国内通貨のまま持っていれば価値が溶けていく。だから人々は、ドル連動型ステーブルコインやビットコインに逃げる。これは投資というより、資産防衛である。
戦争の気配が強まると、その動きは一気に激しくなる。
テヘラン在住の暗号資産利用者は、米国とイスラエルによる攻撃が始まる12時間前、イラン最大のデジタル資産プラットフォーム「ノビテックス」から、自分の暗号資産をすべて個人ウォレットに移したという。戦争が始まれば、国家当局に資金を押さえられるかもしれない。あるいは、取引所そのものがサイバー攻撃を受けるかもしれない。そう感じたからだ。
その直感は、現実になった。
2025年6月、ノビテックスに保管されていた9000万ドル、円換算で約143億円相当の暗号資産がサイバー攻撃で盗まれた。攻撃はイスラエル系とされるハッカー集団「プレダトリー・スパロー」によるものとみられている。
しかも、盗まれた暗号資産は換金されたのではない。秘密鍵が存在しないとみられるウォレットに送られ、事実上、破壊された。金銭目的の強盗ではない。政治的な破壊工作である。
暗号資産は、盗まれるだけではない。敵国の金融インフラを壊す武器にもなっている。
イラン側も、暗号資産を国家戦略に組み込んでいる。イラン中央銀行は昨年、ドル連動型ステーブルコインのテザーを5億ドル超、円換算で約795億円以上購入したとされる。世界の銀行システムを迂回するための動きだ。
ここに皮肉がある。
ドルは米国の力の源泉である。だから米国は制裁を武器にできる。だが、ドル連動型ステーブルコインが広がれば、ドルの力はブロックチェーン上にも拡張される一方で、制裁逃れにも使われる。
米国の通貨覇権が、米国の制裁網をすり抜ける道具にもなるのだ。
イランは暗号資産マイニングにも力を入れてきた。安い電力を使って暗号資産を採掘し、エネルギーを「制裁されにくいお金」に変える。石油やガスは制裁される。銀行送金は止められる。だが、電力から生まれた暗号資産は、国境を越えて動かせる。
米国とイランの攻防は、もはや暗号資産市場だけの話ではない。
金融制裁、通貨覇権、エネルギー、安全保障、サイバー戦争。そのすべてが、ブロックチェーン上で交差している。
かつて制裁逃れといえば、現金、金、ダミー会社、船舶、密輸だった。いまはそこに、ウォレットアドレスとステーブルコインが加わった。
米国は追う。
イランは逃げる。
また米国が追う。
そして、その間で最も苦しむのは、国家でもハッカーでもなく、通貨崩壊の中で自分の貯金を守ろうとする普通の人々かもしれない。
暗号資産は、制裁を壊すのか。
それとも、制裁をさらに精密にするのか。
米国とイランの猫とネズミのゲームは、まだ終わりそうにない。

