米国で、予測市場をめぐる争いが激しくなっている。
予測市場とは、選挙、スポーツ、経済指標、国際情勢など、現実に起きる出来事の結果に対して売買する市場だ。たとえば「日曜日の試合でどちらが勝つか」「次の大統領候補は誰か」といった問いに、イエスかノーで取引する。仕組みは金融商品のようにも見える。だが、見方を変えれば、ほとんどスポーツ賭博だ。
米国のカジノ・スポーツ賭博業界団体であるアメリカン・ゲーミング協会は、この予測市場によって、州政府や先住民部族が10億ドル超、約1600億円の税収を失ったと主張している。
標的になっているのは、カルシやポリマーケットなどの予測市場プラットフォームだ。
両社のようなサービスでは、利用者が現実世界の出来事に連動する契約を売買する。価格はそのまま確率のように見える。1ドルで満額払い戻される契約が40セントで取引されていれば、市場はその事象の可能性を40%程度と見ている、ということになる。
問題は、これが米商品先物取引委員会、CFTCの管轄にある金融契約として扱われている点だ。連邦レベルで規制されるため、州ごとの賭博免許やスポーツブック税を回避できる。従来のスポーツ賭博が厳しく制限されている州でも、予測市場としてならサービスが広がる余地がある。
州政府や賭博業界から見れば、これは抜け道だ。
合法スポーツブックは、州ごとの免許、税金、利用者保護、依存症対策、八百長監視などの仕組みに縛られる。ところが予測市場は「これは賭博ではなくイベント契約だ」として、別のルールで動く。州側は、同じような経済行為なのに片方だけ税金を払わないのはおかしい、と訴えている。
この論争を一気に分かりやすくしたのが、「10億ドルの税収喪失」という数字だ。
法律論だけでは、一般の有権者には伝わりにくい。だが「学校、年金、依存症対策、本来なら地域に回るはずの金が抜け落ちている」と言えば、政治家は動きやすい。数字は、政策論争を選挙向けの武器に変える。
ただし、この主張には皮肉もある。
米国の賭博業界は2025年、過去最高の787億2000万ドル、約12兆6000億円の収入をあげた。賭博税収も過去最高の180億9000万ドル、約2兆8900億円に達した。
つまり、米国でも有数の収益力を持つ業界が、「われわれは奪われている」と議会に訴えている構図だ。
カルシ側は、アメリカン・ゲーミング協会の数字を「カジノ業界による偽の計算」と反論している。予測市場業界の団体も、同協会の試算根拠は確認できないとしている。
だが、政治の世界では、数字の正確さだけが力を持つわけではない。分かりやすさが力を持つ。
ニューヨーク州の例を見れば、税収の意味は大きい。同州はオンラインスポーツ賭博に51%という全米最高水準の税率をかけている。それでも2025年には、約13億ドル、約2080億円の税収を得た。州にとって、スポーツ賭博はすでに重要な財源だ。
予測市場がこの領域に食い込めば、州政府が黙っているはずがない。
実際、米国では今年3月、ジョン・カーティス上院議員とアダム・シフ上院議員が、CFTC登録業者によるスポーツ賭博やカジノゲームに似た契約の上場を禁じる法案を提出した。さらに、41州の司法長官が、CFTCに対し、予測市場への権限拡大をやめるよう求めている。
争いは業界内にも広がっている。
ドラフトキングスとファンデュエルは昨年11月にアメリカン・ゲーミング協会を脱退した。ファナティクスも12月に離脱した。理由は単純だ。連邦規制のイベント契約という形式なら、従来のスポーツブックでは入れなかった州の顧客にも届く可能性があるからだ。
既存のカジノや先住民部族は州規制を守りたい。一方、オンライン勢は連邦規制の道を使って市場を広げたい。同じ賭博業界の中でも、利害は割れている。
そこに政治も絡む。
トランプ米大統領は、予測市場についてCFTCが排他的な権限を持つことが重要だと投稿した。一方で、長男のドナルド・トランプ・ジュニア氏はカルシの有償顧問を務め、ポリマーケットにも投資している。
ミネソタ州では、予測市場を全面禁止する法律が成立した。発効は8月1日の予定だが、すでに連邦訴訟が起きている。少なくとも15州が、今年に入り予測市場を制限する法案を出している。
それでも市場は急拡大している。
予測市場の月間取引高は、2025年初めの約12億ドル、約1920億円から、2026年初めには200億ドル超、約3兆2000億円に膨らんだ。暗号資産業界の中でも異例の伸びだ。インターコンチネンタル取引所はポリマーケットに20億ドル、約3200億円を投資し、同社の評価額は80億ドル、約1兆2800億円に達した。
予測市場は、自らを金融市場だと位置づける。
賭博業界は、それを「税金を払わないスポーツブック」だと呼ぶ。
どちらの看板を掲げるかで、適用されるルールも、税金も、成長余地も変わる。
この争いは、単なる暗号資産業界の内輪話ではない。州政府、連邦政府、カジノ、先住民部族、スポーツ賭博企業、暗号資産企業、そしてホワイトハウスまで巻き込む制度設計の争いだ。
最後に問われているのは、一つだけだ。
未来を予測して売買する市場は、金融なのか。
それとも、名前を変えた賭博なのか。

