「あなたの口座が犯罪に使われている」
「資産を守るため、今すぐ現金を引き出してください」
「家族にも、銀行員にも話してはいけません」
電話口の“捜査官”は、そう畳みかける。もちろん本物ではない。だが、被害者がそう気づく頃には、現金はすでに暗号資産ATMへ投入され、ビットコインなどのデジタル資産に変わり、見知らぬ誰かのウォレットへ送られている。
米連邦捜査局(FBI)などによると、2025年に暗号資産キオスクを使った詐欺の通報は1万3400件を超え、被害額は3億8800万ドル、約620億円に達した。被害額の半分以上は50歳以上が占める。高齢者を狙った“新型特殊詐欺”は、米国で深刻さを増している。
機械が悪いのではない。人間が先に壊される
暗号資産ATM詐欺の恐ろしさは、ATMそのものにあるわけではない。
本当の詐欺は、被害者がATMの前に立つはるか前から始まっている。電話、偽の銀行通知、恋愛感情を利用したメッセージ、パソコン画面に突然出る警告、あるいは「必ず儲かる」という投資話。詐欺師は、数週間から数カ月をかけ、恐怖、不安、孤独、信頼をじわじわと植え付ける。
現金を入れる瞬間には、被害者はすでに追い込まれている。冷静に考える余地を奪われ、「今すぐやらなければ資産を失う」と信じ込まされているのだ。
“政府機関”を名乗る電話の正体
典型的なのは、FBI、IRS、社会保障局、麻薬取締局、地元警察などを装う手口だ。
「あなたの身分証明情報が流出している」
「口座が資金洗浄事件に関係している」
「資産が凍結される恐れがある」
「逮捕を避けるには資金を保護口座に移す必要がある」
こうして被害者に銀行から現金を引き出させ、暗号資産ATMへ向かわせる。詐欺師は電話を切らせない。銀行員に何と言えばいいか、ATMでどのQRコードを読み取ればいいか、家族に黙っている理由まで指示する。
だが、実際の政府機関や法執行機関が、逮捕や捜査を避けるために暗号資産ATMで送金を求めることはない。FBIも明確に警告している。
恋愛、投資、サポート詐欺――入口は違っても出口は同じ
暗号資産ATM詐欺の入口は一つではない。
恋愛詐欺では、SNSやメッセージアプリで長く関係を築いた相手が、ある日突然「旅費が必要」「家族が病気になった」「投資で一緒に成功しよう」と持ちかける。偽の投資アプリでは、画面上だけ利益が増え続ける。被害者が出金しようとすると、「税金」「手数料」「本人確認費用」として追加送金を求められる。
技術サポート詐欺では、パソコンやスマートフォンに「ウイルス感染」「口座情報流出」などの偽警告を表示し、マイクロソフト、アップル、銀行の担当者を装って現金の引き出しを迫る。
銀行員を名乗るケースもある。「不正送金が進んでいる」「カード情報が漏れた」「口座を守るには資金を移す必要がある」。どの話も違って見えるが、最後は同じだ。現金を引き出し、暗号資産ATMに入れさせる。
高齢者が狙われる理由
詐欺師が高齢者を狙う理由は明白だ。年金、退職金、投資資産、不動産など、まとまった資産を持つ可能性がある。
しかし、それだけではない。高齢者は、知らない番号からの電話に出ることが多く、公的機関を名乗る相手を信じやすい場合がある。配偶者との死別や孤独感につけ込まれることもある。デジタル機器やブロックチェーン取引に不慣れな人ほど、「QRコードを読み取る=相手のウォレットへ直接送金する」という感覚を持ちにくい。
IC3への2025年のサイバー犯罪苦情は100万件を超え、投資詐欺だけで86億ドル、約1兆3740億円超の損失が報告された。60歳以上の被害総額は77億ドル、約1兆2300億円に上り、50〜59歳の37億ドル、約5910億円を大きく上回った。暗号資産が絡む被害では、1人当たり平均損失が6万2604ドル、約1000万円に跳ね上がる。
なぜ暗号資産ATMは詐欺師に都合がいいのか
暗号資産ATMは、詐欺師にとって極めて都合がいい。
現金をすぐ暗号資産に変えられる。送金は数分で国境を越える。ブロックチェーン上の取引は、一度完了すると取り消しが難しい。クレジットカードのようなチャージバックも基本的には期待できない。
さらに、被害者にとっては「見知らぬ人に現金を手渡している」感覚が薄い。目の前にあるのは、画面とQRコードだけだ。だが実際には、その先にいる犯罪者のウォレットへ金が流れている。
暗号資産ATMは本来、現金でデジタル資産を買うための端末である。しかし詐欺師にとっては、被害者の不安と孤独を現金化する“出口”になっている。
一番危険な言葉は「誰にも言うな」
この種の詐欺で最も分かりやすい危険信号は、「誰にも言うな」である。
家族に相談するな。銀行員に話すな。電話を切るな。今すぐ動け。こうした指示が出た時点で、ほぼ詐欺と見ていい。
本物の銀行、本物の警察、本物の政府機関は、暗号資産ATMに現金を入れろとは言わない。ましてや、家族や銀行員に秘密にしろとは言わない。
暗号資産ATMの前に立った時点で、詐欺はもう最終局面に入っている。防ぐべきは、その前だ。電話を切る。家族に話す。銀行に直接確認する。
それだけで、数百万円、時には数千万円の被害を止められる可能性がある。